扇塚


御影石に山陽道と大書された道しるべ

長門国誌には
これ山陽道第一番塚なりとある

明治11年建立

宮麓は山陽道の起終点に当り
九州渡航の要地として関所(船番所)が置かれていた

当地は交通の要衡で
周防灘三関(上ノ関、中ノ関、下ノ関)の一つで
下関市の名称はこれに由来する

東海道・東山道の中路・他の小路に対し
山陽道は大路で国内最大の幹線で
九州を控え重要な役をしていたこの地から
九州小倉・大里に渡船が往来した

船をよぶ外浜の渡しに夜ふけて
こたふる声は千鳥なりけり

の歌が残されている